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仕事帰り、駅前に続く商店街の中であの人を見かけた。
この辺りじゃ有名な、学習塾のビルの前で。
……どう見ても、中学生女子を、壁に追い詰め口説いてる。
警察に通報するべきか、携帯片手にした俺に、先に向こうが気がついた。
「あ! コンビニの、ヒロユキ!」
「誰ですか、俺」
据わった目で睨みつければ、壁にもたれてた女の子が不思議そうな顔で俺を見た。
「先生の教え子?」
「違う違う」
……先生?
この、エセサーファーかホストかチンピラ崩れが?
AV並のいかがわしさが漂う響きに、俺は眉をしかめた。
「混乱してるな、お主」
「ええ、かなり」
「説明してやるから、ちょっと待ってろ」
「先生ぇ、そっちのお兄さん先でいーよ」
「そうはいかないの」
色黒のせいか、ニッコリ笑うとやたら白い歯が目立つな、と思いながら奇妙な光景を俺はしばらく眺めていた。
* * *
スーツの胸ポケットから差し出された名刺を受け取り、俺は握っていた缶コーヒーを落としかけた。
「……前田特進塾って、あのビルの」
「そ、俺創始者にして絶対の経営者。ついでに、ご指名多々のカリスマ講師」
「客商売って」
「客商売だろ? 若者の顔覚えるのも大変なんだぞ、これでも」
当たり前の様に煙草をくわえ、やたら長い髪を弄るオッサンに俺は絶句した。
こんな教育者、いてもいいのか。
「……じゃ、さっきのは淫行の現行犯じゃないんですね」
「生徒に手ェ出すかよ、大事な預かり物」
一応まともなところはあったんだ、と感心した俺に、オッサンはぐいっと顔を近づけて来た。
「ああ、お前今日コンビニの制服じゃないから違和感あったのか」
「全然、俺の顔も名前も覚える気ないですよね」
――別に構わないけど、こんな人。
どう取ったのか、俺の言葉にオッサンは片眉を上げた。……なんかいちいち気障で、ムカつく。
「拗ねんなよー、クニマサ」
「匡邦です、仮にも講師なら漢字覚えて下さい
」
「俺、数学担当」
――この野郎!
拳を握り、震え出した俺に、オッサンは肩を竦めた。
ここ最近、ハルナちゃんじゃなく俺に、話し掛けるようになったオッサン。
見掛けたからって、無視すればよかった。
「怒った?」
「……いえ」
「なんでだろなー、毎日顔見てんのにな」
「それだけ俺に興味が無いんですよ」
投げやりに呟いた俺に、オッサンは表情を改めた。