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須藤家家訓らしいが、長男・家長たる男は何事においても頂点に立つべし、という教えがあるそうだ。
親のそんな期待を背負ってか、名づけられたのが『須藤 王(おう)』
確かに、こいつは学業・運動・その他芸術面において、常にトップを走り続けた。
誰もの憧れの的、単なる幼馴染というだけで傍でその様子を見ていられた俺は、他人事ながらかなり鼻が高った。――高校に入学する頃までは。
それが今や、地元で有名な……名前をもじって『ストーキング』と呼ばれるようになるとは、誰が想像したか。
「まぁ、落ち着けや。追川も」
「はぁ……いや、俺は落ち着いてますが」
山岸さんに肩を叩かれ、一人不満顔の須藤を見返す。
相変わらず日焼け知らずな肌がちらちらと覗く、妙な格好が目に痛くて俺はすぐ俯いた。
――間違っても、あんな格好に心臓がうるさく音を立てたりはしない。
慣れた、あんな格好はもう慣れた。
大体どうしてこんなにクソ寒いのに、上半身裸に毛皮でうろつけるのだ。
下はしっかり、防寒ブーツを履いているというのに。
「須藤、お前もな、もーちっと引くこと覚えろや」
「引く?」
「お前な恋愛のイロハのイだぞ、恋の駆け引きっつーんは押したら引くんだ」
山岸さんは麦茶を飲み干し、自分でさらに湯呑に注ぎ足した。
慌てて手を伸ばした俺をやんわり押し留め、山岸さんが皺が深くなった目許を綻ばせた。
「釣りと同じでな、相手が引っ掛かったとわかったら引くんだよ。で、引っ掛からねーのは逃してやれ」
「彼がぼくに、靡いてないと? ジイさんに何がわかる」
「亀の甲より、年の甲っつーだろ。おまえさん賢いんだから、そこらへんわかるだろが」
息子と言うか、孫に言い聞かせるように話す山岸さんを前に、須藤は渋々ながらも頷いた。
プライドがエベレストよりも高いこの男は、馬鹿にされれば噛みつくが、巧くおだてれば乗る。
山岸さんはすっかりこの数年で、須藤の扱い方をマスターしていた。
ちなみにこの話は、毎回している。……須藤の根本的な問題は、納得しても理解しないところだった。
「絶対にぼくに、彼は愛されて喜んでるはずなんだがなぁ……」
「まぁ、熱心なラブレターと電話と付きまといが嬉しいって言ってくれる相手見つけろや」
「……いや、いないですよ。そんな人」
「わかんねーだろ? なぁ須藤、諦めないで釣り針は垂らしておけよ?」
「もちろんだ! 実はさっき、3丁目の交差点のところで目が合ったヒゲメンが!!」
もう次のターゲットがいるのか。
思わず膝の上で拳を握り締めた俺に、山岸さんが肩を軽く叩いてきた。