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真っ暗な室内に入り、手探りで壁のスイッチを付けた。飛び込んできた室内の惨状は、見慣れたものだ。
足先で床に乱雑に転がる新聞紙や、ダイレクトメールの山を崩して除ける。
身体の強張りを解くと、三島優介はソファに身を沈めた。
春先は、勤務先の大学事務の仕事は忙しい。年々その疲れが取れる感覚が、遠のく気がする。
週末には片づけを、と言い訳をしたまま気がつけば桜は散り、黄金週間も終わっていた。
優介は大きく背伸びをしてから、傍らに無造作に置いていたコンビニの袋から一本、発泡酒を取りだす。
口に箸を咥え、片手に缶を持ち、惣菜の小さな入れ物を開ける。
丁度一口目を含んだ瞬間、スーツの内側で携帯電話が震えだした。呼び出しが長い、電話だ。
億劫な態度で引っ張り出し、着信相手に優介は軽い驚きに眼を見開いた。慌てて通話ボタンを押す。
「よう前田! 久しぶりだな」
『よ。元気してたか?』
久しぶりに聞く懐かしい友人の声に、優介は自然と笑みを浮かべた。
高校から付き合いのある、前田であった。
電話越しに、向こうで含み笑う声が聞こえる。
「なんとかやってるよ」
『相変わらず、お前の声は無駄に元気だな』
「そうでもないぞ、今ハードワークで結構ヘトヘトだ」
『そうか、まぁ無理するなよ。お互いどんどん身体ガタ来るんだからな』
「ああ、だな。で? 急になんか用だったのか?」
唐突に予告なく連絡を寄越すことが当然である相手だったが、大概それには何かしら面倒な用件が付きまとった。
毎回がそうではないが、前田からの連絡は素直に喜べない部分が優介にはあった。
『週末、お前空いてるか?』
「週末?」
壁に掛った5月のカレンダーを見上げ、優介は首の裏を掻いた。
予定は無いが、正直にそれを伝えるのも躊躇われる気がした。だが、わざわざ連絡を寄越した事を考えると、出向かないのも悪い気がする。
優介は意味もなくカレンンダーをめくりながら、ややしばらく置いて前田に応えた。
「空いてるな、丁度忙しいのも落ち着いたところだ」
『お! それはいい。土日、ちょっとドライブ行くぞ』
「ドライブ? おまえとか?」
思わず顔を顰め渋い声を出した優介に、電話の向こうの前田が笑う。
『俺の助手席は、娘オンリーだ。後ろで悪いが、岡野と黒須も来ることになってる』
「あいつらも? どこ行くんだよ」
『そこはお楽しみだろう、迎えに行くから待ってろよ』
一歩的にそう告げると、前田の電話は切れた。
ボタンを押し、優介は温くなってしまった発泡酒に再び口を付けた。
岡野と黒須――この二人も、高校からの同級生だ。
高校以来、付かず離れずで来た関係も気づけは26年になる。
人生の折り返し地点を過ぎても、未だ顔を見れば気持ちだけは16・7だった頃に戻る、そんな仲間だった。
「なんの用だかな……」
小さくぼやきながら、優介は散らかった室内に肩を落とす。
今わかっているのは、今週も部屋の片づけは出来ないという事だった。